上場株式などではすでに規制されているインサイダー取引ですが、暗号資産については、これまで法的なインサイダー取引の規制がありませんでした。
しかし、2026年4月10日に金融庁が国会に提出した「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」が同年7月15日に成立し、7月23日に公布されました。これにより、暗号資産におけるインサイダー取引の規制が実現することになります。
参考:金融庁「国会提出法案等」
本記事では、インサイダー取引の概要を解説しながら、暗号資産におけるインサイダー取引の規制の動向について解説します。
目次
インサイダー取引とは

インサイダー取引とは、株式の売買において、発行会社や公開買付等の関係者が、決定事実や発生事実、決算情報、そのほか投資家の投資判断に著しく影響を及ぼすものなどの重要事実を知り、その重要事実の公表前に売買を行うことを指します。
インサイダー取引規制対象は、主に上場会社についての株式・新株予約権証券・社債のほか、J-REIT・上場インフラファンドがあたります。
そのため、後述しますが暗号資産ではこれまでインサイダー取引規制の対象外であり、ETFや多くの投資信託も規制対象外です。
株価指数先物取引などもインサイダー取引規制外となることがありますが、相場操縦規制などの別の規制の対象となることもあります。
インサイダー取引はなぜ規制されているのか

インサイダー取引の規制は、一般投資家の公正性・健全性に対する信頼を確保するために行われています。
インサイダー(insider)とは、直訳すると内部者や部内者という意味で、インサイダー取引では会社の内部者や部内者という文脈で用いています。
会社の内部者や関係者(インサイダー)は、一般の投資家よりも当該する事業に詳しく、株式市場等において有利な投資行動ができるため、市場の公正性・健全性を著しく害してしまうのです。そのため、インサイダー取引は規制されています。
2026年に暗号資産のインサイダー取引が規制予定

これまで、暗号資産市場ではインサイダー取引の法的な規制は行われていませんでした。
2026年4月に国会へ提出されたこの改正法案は、同年7月15日に成立し、7月23日に公布されました。金融庁の説明資料では「暗号資産のインサイダー取引規制を整備する」とされており、これに基づいて規制が整備されることになります。
「罰則は、上場有価証券等と同様に、5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又は併科とする」とされており、暗号資産のインサイダー取引にも罰則が設けられます。
出典:金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」
これまではJVCEAの自主規制だった
暗号資産市場においては、これまで一般社団法人日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)によるインサイダー取引の自主規制が行われていました。
JVCEAによる自主規制は「暗号資産交換業に係る暗号資産関係情報の管理体制の整備に関する規則・ガイドライン」により確認することができます。
参考:JVCEA「暗号資産交換業に係る暗号資産関係情報の管理体制の整備に関する規則・ガイドライン」
なお、金融庁の「暗号資産に関連する制度のあり方等の検証 ディスカッション・ペーパー」でも記載のある通り、自主規制による法や規則の執行(エンフォースメント)と、法令によるエンフォースメントの実効性は異なる点には留意が必要でしょう。
参考:金融庁「暗号資産に関連する制度のあり方等の検証 ディスカッション・ペーパー」
インサイダー取引となる暗号資産取引例

暗号資産のインサイダー取引は、「上場有価証券等のインサイダー取引規制の枠組みをベースに、『対象暗号資産』について、『重要事実』に接近できる特別の立場にある者(インサイダー)が、当該事実の公表前に、売買等を行うこと」が禁止されるとされています。
簡潔には公開されていない重要な事実を知ったうえで暗号資産を取引することと考えるとよいでしょう。
出典:金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」
下記の金融庁の資料を基に、実際に規制される取引の一例を解説します。
暗号資産発行者などの情報
暗号資産の発行者が解散するなどの未公開情報をもとに売買を行うと、暗号資産のインサイダー取引として扱われる見込みです。
暗号資産の発行者というと表現は曖昧とも取れますが、基本的には発行者や管理者における立場が存在しなくなると、暗号資産の価格は下落する傾向にあります。
そのため、公表前の「暗号資産発行者等に関する重要事実」をもとに暗号資産を売買すると、インサイダー取引規制の対象となりえるでしょう。
取引所への上場や上場廃止情報
暗号資産において、大手の取引所への上場は価格の大幅変動を受けやすい事例です。
特に、上場する暗号資産が他の大手の取引所に上場していないときほど影響が出やすい傾向にあるといえるでしょう。
また、上場廃止に関しても重要な情報であるため、「暗号資産取引業者に関する重要事実(暗号資産の取扱開始・中止等)」として規制の対象となる見込みです。
大量売買の情報
暗号資産の大量売買も、暗号資産市場において大きな価格の変動をもたらす事象です。
暗号資産のインサイダー取引規制においては、「大量売買を行う者に関する重要事実」とされており、大量売買の基準は「政令で発行済暗号資産の20%以上の売買等を定める予定」とされています。
インサイダー取引の罰則は金融商品取引法で規定

暗号資産ではなく、これまでの株式等におけるインサイダー取引に関しては、金融商品取引法において罰則や規制の内容等が規定されています。
暗号資産に関するインサイダー取引の規制は、改正法により「改正金商法第171条の7~第171条の10」として新設されており、2026年7月23日の公布から1年以内に政令で定める日から施行される見込みです。具体的には、遅くとも2027年7月22日までに施行されると考えられます(政令の内容によって時期が前後する可能性があります)。
出典:金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」
暗号資産に関する罰則の具体的な運用はまだ施行されていないため、ここでは株式等における従来のインサイダー取引の罰則を紹介します。
5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、または併科
インサイダー取引規制を違反した場合、5年以下の拘禁刑に処せられるか、500万円以下の罰金、またはこれらが併科されます。
「金商法第197条の2」により規定されており、刑事罰となります。
参考:証券取引等監視委員会「JASDAQ Investors Journal Vol.107」
インサイダー取引で得た財産は没収される
「金商法第198条の2」によれば、インサイダー取引で得た財産は没収することも規定されています。没収できない場合は追徴となります。
参考:証券取引等監視委員会「JASDAQ Investors Journal Vol.107」
法人に対しては5億円以下の罰金
法人の役職員が、法人の業務や財産に関してのインサイダー取引を行った場合は、法人に対しても5億円以下の罰金刑を科す両罰規定が、「金商法第207条」で定められています。
参考:証券取引等監視委員会「JASDAQ Investors Journal Vol.107」
インサイダー取引は証券取引等監視委員会に情報提供窓口がある

刑事罰の対象となるインサイダー取引の事実を知った際には、「証券取引等監視委員会の情報提供窓口」に情報提供を行うことができます。
市場の公正性・健全性のために、インサイダー取引を目にした、耳にした際は、情報提供を検討してもよいでしょう。
まとめ:今後の暗号資産のインサイダー取引

これまで、暗号資産のインサイダー取引は規制されていませんでしたが、2026年7月の法改正により規制の枠組みが整いました。今後、公布から1年以内をめどに施行される見込みです。
日本での健全な暗号資産市場を形成しつつ、成長やイノベーションにつながることが望まれるでしょう。