【野口悠紀雄氏インタビュー】PayPal、Diem、CBDC…ブロックチェーンが変革する金融業界〜暗号資産市場の変動要因を振り返る

今回は一橋大学名誉教授で「ブロックチェーン革命 分散自律型社会の出現」の著者でもある野口悠紀雄氏に、暗号資産市場の変動要因やブロックチェーン技術の汎用性、ブロックチェーンが既存金融システムに与える影響などを語っていただきました。

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山田太郎さんのコメント

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執筆柳田孝介

出版社でテレビ情報誌や映画雑誌の編集を経験した後、2019年からフリーライターとして活動。暗号資産の取引は2017年から開始。推し通貨はイーサリアム(ETH)。最近はNFTマーケットでデジタルアートの取引を始め、日々、審美眼磨きにいそしんでいる。

2020年の暗号資産価格高騰の原因はコロナだけではない

  • 2020年後半頃から、ビットコイン(BTC)をはじめとする暗号資産の価格は高騰を見せました。価格高騰の理由についてどのようにお考えですか?

野口教授)新型コロナウィルスの影響により、昨年ビットコインの価格は金と同じような形で上昇し始めました。経済的な不安が社会に広がったときに、最終的な拠り所として金に投資が集まるということは過去にもありましたが、今回は同様のことがビットコインに対しても起こった。

ところが、金の価格が2020年の9月頃にピークを迎え、その後は目立った値上がりをしていないのに対して、暗号資産の価格は9月以降も上昇を続けている。このことから、暗号資産は金とは違う要因によって価格が上がっていると考えることができます。つまり、「暗号資産の価格は、コロナの感染拡大といった特殊事情のみによって高騰しているわけではない」ということが推察されるわけです。

しかし、具体的に何が原因で暗号資産の価格が上昇したのかという点については、現時点ではわかりません。さまざまなことが原因として考えられますが、今はまだそれらを証明できるだけの判断材料がないからです。

ただ、「暗号資産の将来性に対する人々の見方が変わった」ということだけはいえるかもしれない。暗号資産のもつ可能性や金融資産としての価値を、多くの人々が認め始めたという可能性はあるでしょう。

ハードフォークが生んだ2017年のバブル

野口悠紀雄

  • 2017年は「仮想通貨バブル」と呼ばれるほど暗号資産市場は活況を呈しました。2017年と2020年では、どんな違いがありますか?

野口教授)2017年には、ビットコインのスケーラビリティ問題が起こりました。暗号資産人気の高まりから取引量が急増して、それまでのブロックサイズでは膨大な数の取引を処理できなくなったわけです。

その際、ビットコインの運営サイドでは、問題の解決策としてブロックサイズを大きくする案や、Segwit(セグウィット)と呼ばれるトランザクション情報を圧縮する技術を導入する案などが提案されました。しかし結局議論はまとまらず、ビットコインはハードフォークすることになります。そしてビットコインのハードフォークによって、ビットコインキャッシュ(BCH)などのアルトコインが続々と誕生した。

ビットコインにおける相次ぐハードフォークは、ある種のバブルを引き起こす原因になりました。例えばBCHが誕生したときには、ビットコインの保有者は持っているビットコインと同量のBCHをタダでもらうことができた。ハードフォークしたからといって通貨としての価値が上がるわけではないのですが、新しく誕生する暗号資産を無料でもらえることが動機となって、ビットコインを購入する人が急増したのです。

そのような状況下で、ビットコインの価格は2017年の末ごろにかけて2万ドルまで上がっていき、そこから急落します。ビットコインにおける相次ぐハードフォークは、2017年に暗号資産の価格がバブルと呼ばれるほど急騰したことに大きく影響したのだと思います。

決済方法としての暗号資産の可能性「PayPalは価格変動のリスクを負った」

  • 昨年はPayPalやSquareなどの決済大手の暗号資産市場への参入が話題となりました。決済方法としての暗号資産の可能性について、どのようにお考えですか?

野口教授)ビットコインは価格変動が大きいので、決済では使いにくいという問題があります。PayPalは世界の加盟店で暗号資産決済を可能にすると発表していますが、それを実現するにはボラティリティの問題をクリアする必要がある。

一部のメディアでは「消費者は仮想通貨の残高を確実な価格レートで、追加料金なしで法定通貨に変換できる」、(※)「店側はペイパルを介して換金された法定通貨を受け取る。」と報じられています。もしそれが本当だとしたら、「価格変動のリスクをPayPalが負った」ということになります。

つまり、仮に実際のビットコインの価格がPayPalが設定した固定価格より安くなったとしても、店舗側の損失をPayPalが補償するということになる。

もし報道にあるようにPayPalが価格変動のリスクを負って、暗号資産を決済用に使えるようにするのであれば、これは非常に大きな決断だといえるでしょう。

※参照:日本経済新聞「米ペイパル、仮想通貨で支払い可能に ビットコイン高騰」

  • 暗号資産の決済利用に関しては、Facebookが2021年に発行を目指している「Diem(ディエム)」も注目を集めています。Diemが普及した際に既存の金融機関に与える影響についてお聞かせください。

野口教授)Diemが目指しているのは、今までビットコインが果たさなかったこと、つまり現実世界での決済に使われる暗号資産になることです。もしDiemが発行されて世界に普及すれば、これまで銀行が行ってきた決済業務をDiemが代わりに行うようになる可能性が高い。

これは既存の銀行にとっては、非常に大きなインパクトです。Diemによって、自分たちの大切な業務を奪われるかもしれないわけですから。そういう意味では、Diemは今ある金融業界をひっくり返すような可能性を秘めています。

しかし、そのポテンシャルの高さゆえに、Diemは各国当局による規制からは逃れられないでしょう。規制当局はLibra(リブラ)のときと同じように、非常に強い圧力をかけてDiemを潰そうとしてくると思います。

また、このことで私が非常に重要だと思うのが、Diemが発行された場合に日本の暗号資産取引所がどのような対応をとるのかという問題です。

通貨の取引にはある程度の流動性が必要になります。買いたいと思ったときに、必要なだけの通貨を売ってくれる場所が必要になる。それが取引所の役割なわけですが、Diemが日本でも利用できるようになった場合に、Coincheckのような日本の取引所が取り扱いを始めるのかという点にはとても関心があります。

CBDCの登場により銀行は「ナローバンク」になる

野口悠紀雄

  • CBDC(中央銀行デジタル通貨)の開発が各国で行われていますが、CBDCが普及することによって既存の金融業界はどのように変化すると思われますか?

野口教授)CBDCの登場によって懸念される一番の問題は、銀行の預金が流出して貸付業務が成り立たなくなることです。Diemのケースと似ていますが、CBDCもまた銀行にとって大きな脅威になる可能性があります。

例えば、中国ではこれからデジタル人民元(DCEP)が使われるようになるわけですが、デジタル人民元を使うためには、まず中国の四大銀行にある預金を使ってデジタル人民元を買わなくてはいけない。ここで、預金からデジタル人民元へのマネーの流出が起こります。

さらに、デジタル人民元はデジタル通貨なので転々流通する。ここが電子マネーとの大きな違いです。

電子マネーの場合には、決済事業者から受取手への支払いは、受取手の預金が増える形で行なわれます。したがって、最終的には預金に戻ります。

しかし、デジタル通貨の場合には、受取手は、それをさらに支払いに用いることができます。つまり、預金に戻らず、転々流通して流出したままになってしまう場合があるのです。

仮にCBDCが広く普及するようになり、決済でも銀行の口座振替より便利だということになれば、多くの人々は預金を取り崩してデジタル通貨を買うようになるでしょう。そうなれば、預金の必要性はなくなるわけです。

銀行は、預金をもっていることによって貸付を行なっています。つまり、預金がなくなるということは貸付業務ができなくなることを意味します。自己資金の範囲でしか貸付業務を行わない銀行は、「ナローバンク」と呼ばれてきました。

もしCBDCが発行されれば、既存の銀行はナローバンクになる可能性がある。これは、銀行にとって非常に大きな変化です。考えられないほど大きな変化といってもいい。

中国のように銀行システムがそれほど発達していない国では、CBDCの導入は可能です。しかし、日本のように銀行が重要な社会的勢力になっている国では、利害関係などを考えるとCBDCの実現は難しいのではないか、というのが私の考えです。

デジタル人民元がAlipay、WeChat Payに与える影響

野口教授)中国では、世界に先駆けてデジタル人民元の実証実験が行われています。先ほどCBDCの登場によって銀行の預金が流出するという話をしましたが、中国の場合はさらにもう1つ問題がある。それは、電子マネーの消滅です。

ご存知の通り、中国ではAlipay(アリペイ)やWeChat Pay(ウィーチャット・ペイ)などの電子マネーが非常に広く使われています。そして、両者の運営企業であるアントグループとテンセントは組織として大きくなり過ぎたため、中国政府にとって制御しづらい存在になってきている。

先述したように、デジタル人民元が普及するようになり、銀行の口座振替や電子マネーより便利だということになれば、中国国民はデジタル人民元だけを使うようになる可能性が高い。そうなればAlipayやWeChat Payは消滅してしまうかもしれません。

デジタル人民元の問題に限らず、最近の中国政府の動向を見ていると、どうもAlipayやWeChat Payを取り潰しにかかっているように見える。

  • 昨年11月にはアントグループの上海・香港でのIPO(新規株式公開)の延期が発表され、話題になりましたね。

野口教授)そうですね。あの一件によって、AlipayやWeChat Payに対する中国政府の思惑がはっきりしました。昨年の秋に起きた上場延期の一件から、中国共産党が大きな政策転換を始めたことが推察できます。

ブロックチェーン技術と分散型ID

  • 野口先生は著書などでブロックチェーンの汎用性の高さについて言及されていますが、ブロックチェーン技術の活用例の中で注目されているものはありますか?

野口教授)ブロックチェーンは金融に限ったものではなく、サプライチェーンの管理や保険、不動産取引や著作権管理などにも使われており、活用範囲は非常に広範です。

その中でも私が特に注目しているのが、分散型IDです。例えば今Webのサービスを利用する場合なら、まずIDとパスワードを入力する必要がある。そのIDとパスワードは運営企業が管理しているため、今のIDの仕組みはシステムとしては中央集権型ということになります。

それに対して、分散型IDは本人が自分でIDを管理します。その際、管理に利用されるのがブロックチェーンです。私は、IDの分野で本当に分散型の仕組みが実現できるのかという問題は、ブロックチェーンの未来を占う上で非常に重要なポイントになると考えています。

まず、分散型IDを実現するには秘密鍵の管理の問題を解決しなくてはなりません。つまり、誰がどの秘密鍵をもっているのかという対応関係を明確にする必要がある。

ビットコインなどの暗号資産を取引する際は、誰がどの秘密鍵をもっていようが問題ではありません。しかし、IDとなると話は違います。分散型IDを身分証明書として機能させるためには、「この秘密鍵をもっているのは、現実世界の誰なのか」ということを証明する仕組みを作らなくてはならない。

そこで出てくるのが、「ブロックチェーンで本当に秘密鍵を管理できるのか」という問題です。

マイナンバーカードと分散型IDの違い

野口教授)私たちに身近なデジタルIDとしては、マイナンバーカードがあります。マイナンバーカードの場合、ICチップに秘密鍵が格納されていますが、これは個人が秘密鍵をもっていることを意味します。この点に関しては分散型IDと同じです。

しかしマイナンバーカードの場合、誰がどの秘密鍵を持っているのかという対応関係については政府の機関が管理している。この点が分散型IDとは異なります。

分散型IDの目的は、特定の機関に依存することなく個人で秘密鍵を管理できるようにすることです。いま、Microsoftが「ION(アイオン)」というブロックチェーンを活用した分散型IDを開発していますが、このような仕組みが完成したときに社会がどのように変化するのかは非常に気になります。

  • 最後に、暗号資産に興味があり、これから投資を始めようとしている方に向けて暗号資産の魅力について教えてください。

野口教授)暗号資産は、非常に大きな可能性を秘めた新しい技術です。最近になって暗号資産に興味をもった方は、どういう仕組みで暗号資産が運営され、今までの仕組みとどのようにに違うのかということを理解すると、その可能性の大きさがお分かりになると思います。